江原啓之さんの人はなぜ生まれ、いかに生きるか 

sakurasaku20052007-07-04

ちょっと前に「気功」の話や太極拳総会でも不思議な力の話とか書いてあれだが、僕はこれでもスピリチュアルとは一定の距離を置いている。
だから霊視、透視、守護霊そうしたものはよくわからない。
ただ、どうしてそんなことが出来るのか、それともそんな事実はありえないのかは知りたいとは思っている。そこで手にしたのが、70万部以上売れたという江原啓之さんの本書「人はなぜ生まれ、いかに生きるか」である。
(写真は中央通りの道標。善光寺門前町長野にはところどころに句碑もある。「春風や牛に引かれて善光寺」中央通り新田町には小林一茶の句が書かれている。)
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恥ずかしながら、専門的な言葉は読んでもよくわからかった(汗)ただ、江原さんの半生を描いた中でいくつか興味深い言葉は見つけることができた。
それは
貧しさ、病苦、孤独、これらがあってこそ、初めて人の心は理解できる
確かに、私たちは身近な人が病気になったり、自分が苦しく辛いとき、神仏を求めるときある。結局、その原因は自分が蒔いていることに本人が気づかなければスピリチュアルを学んでも何の意味もないというような言葉だった。


偶然、友人から借りた木村藤子さんの本にも同じようなことが書かれていた。
自分で蒔いた種は自分で刈り取るしかない江原さんはそれを因果律と呼び、木村さんはカルマの法則と呼んでいる。
彼は「立派な衣を着て人々に敬われるより、ボロを着ても人に与える人生を歩む方が嬉しい」といった。
安易な霊能開発は危険で、霊について正しく学び、理解した土台があってこそ、霊能の開発は初めて可能といった。こうした言葉に、彼の霊学に対する真摯さ、真剣さが伝わってくる。
僕は他の人たちのようにこの本を読んで、生き方が変わったとか、涙が止まらなかったということはなかったけれど、人生は本当の自分を探す旅というの言葉には共感できた。
これはスピリチュアルに関係なく世の中の真理だと思う。それだけわかっただけでもタメになった(笑)。
万人にはお薦めしない。が・・・興味のある方はご一読頂きたい。