幸せを運ぶユーモア

今日は久しぶりにまじめな話を書く(笑)
いろんな方のブログを読んでいると、ちょっとだけその方の心が入ってきて、嬉しかったり、悲しかったりすることがある。
いろんな人がそれぞれ、いろんな問題を抱え、そして悩んでいる。
暮らしや環境は違えども誰にも悩みはある。私にもある。
人からは「たがか」といわれることでも本人とってはいつも切実な悩みである。
私が文を書き出したのも、せっかく浮かんだ心の中の声を言葉して残しておきたいと思ったからであり、その結果、心の中が整理されストレス解消になっている(笑)。


人生には光と影がある。
歳をとればとるほど、現実と夢は違うということを思い知らされる。
昔は『明日が来るのが楽しみ』だったのに、いつしか惰性の中で明日を迎えるようになる。そして立ち止まってみて、「こんな自分でいいのだろうか」と問いただす。
今の自分は何をやっているのだろう。
自分の思い描く自分と現実のハザマで思い悩む。誰しも経験する道だ。だが、私は大きな挫折をして気づいたことがある。
それは『なりたい自分』があるということは常に『なれない自分』もいるということだ。仕事がなくなって、休職を迫られたとき、1日中、何もすることがなかった。仕事と言う存在価値がなくなったとき、自分に何も残らないと思うと、切なかった。四畳半の片隅で一人小さくなって泣いた。心の中でいつも「だれか私を助けてくれ」と叫んでいた。
だが、自分の人生は自分で決めなければいけ0ない。
他人は助けてくれない。
そして、他人の目を気にしだすと、自分を見失ってしまう。あのとき、私はそんな自分が「かっこ悪い」とか「恥ずかしい」と他人の目ばかり気にしていた。
思い悩んだ挙句、私はそんな自分を「笑い飛ばした」
「もう出世はない。あんなに一生懸命やって、オレってなんてバカなのだろう。でもいいじゃないか。これからは楽しく生きよう。今までは人を怖がらせるような強引な仕事をしていたが、これからは周りに人に笑いを与えられる人になろう。」
そう思い、仕事人間だった自分を捨てた。
だが逆に、そのことが今となっては仕事の能率も高めている。
自分を笑い飛ばす、口で言うほど簡単ではない。なぜなら日本人は「恥」を文化とし、欧米人のような生活の中に常にユーモアがないから。
だから私は「笑い」と「ユーモア」は常に意識している。
ユーモアは人生に最高のエッセンスを与えてくれる。
夢もなく、現実ばかり見ているのは寂しいが、現実に夢を足そうとするととても窮屈な生き方になってしまう。だから、暮らしの中の「ユーモア」が大切だと思う。
難しく考えることは何もない。
ただ「たかが自分」と笑い飛ばせばよい。その『笑い』、『ユーモア』はきっとあなたの心を柔軟に、そして、強くしてくれるだろう。

心は磁石のように正直だ。
自分と同じ性質ものしか引きつけない。
あなたの心が恐怖や貧乏のことでいっぱいだと、
どんなに努力しても貧乏を引き寄せてしまう。
byオリソン・S・マーデン
『富をもたらす習慣 失う習慣』より

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