オリンピックが残してくれた贈り物

sakurasaku20052006-02-28

今日で2月が終わる。あっという間の1ヶ月間であった。
今年はオリンピックも見ることができたし、手術で痛い思いもしたし、波乱万丈な月だった。
熱戦を終え、各選手たちが続々と成田空港に戻ってきた。
中でも飛び切りの笑顔で戻ってきたのは荒川静香選手である。
彼女がしずかな日本を目覚めさしてくれた。
プッチーニトゥーランドットにのせた彼女のしなやかで、柔らかく、そして気品のある舞いは不振に続く日本選手団に金メダルをもたらす最高の舞だった。
あの朝の興奮は昨日のことのようだ。
彼女のおかげでイナバウアーという言葉も覚えた。
8年前の長野オリンピック、当時東北高校生だった16歳の彼女を私はあまり覚えていない。長野オリンピックの日本代表は彼女と河合彩、荒井万里絵の3人。男子の本田岳史が期待されていただけで女子はあまり注目されなかった。彼女自身もオリンピックに参加できることに喜びを感じていたという。結果は13位。
そして4年後のソルトレイクシティ
早稲田大学に進学した彼女は同大学の1年先輩の村主章枝に代表選考で敗れる。その村主は5位入賞を果たす。恩田美栄も17位と健闘する。
彼女はブラウン管でオリンピックを見たに違いない。この挫折感が彼女を変身させるきっかけになった。
逆境は人間をステップアップさせるためのパワーとなると私はお魚が飛んだ日の作者秋月夕香さんから教わった。荒川静香選手もまたこの逆境をばねに練習を積み重ね、2004年の世界選手権で3回転+3回転+2回転のコンビネーションジャンプを決め、みごと金メダルを獲得、名実ともに日本の女王となった。
その後、永遠のライバル村主章枝や4回転ジャンプの安藤美姫、新星浅田真央ら、次々とスターが出現する中で彼女はライバル達とでなく、自分自身と戦ってきたのだと思う。
「もともと競争は好きではない。だから次は楽しませるスケートをしたい。」
彼女はこういう。
メダルは意識していなかった彼女が、開会式でババロッティのトゥーランドットを聞いたとき「運命を感じ」金メダルという大きな勲章を手に入れた。
あるがままの自分を受けいれ、「できる、できる、絶対にできる」と思っていれば、願望の磁石が出来て、やがて障害は消え、援助者が現れ、本当にできるようになる。
彼女のしなやかな演技はこの願望の磁石が呼び寄せた奇跡の演技にも見える。
プッチーニ最後の作品、歌劇「トゥーランドット
自分が始めてスケートを好きになった時の曲がオリンピックの開会式で流れた。その時点で荒川の金メダルは決まっていたのかもしれない。
音楽には本当に不思議な力があると私は思う。
「一番負けてはいけないのは自分の弱気なところ。気持ちよく強気に滑れば結果はついてくる。」
彼女の精神的強さはすごいと思うが、ひとつのことをあきらめずに続けているときっといいことがある。
彼女の演技からはそんなメッセージが伝わってくる。少なくとも私はそう信じたい。
彼女はこれで引退するが、安藤美姫浅田真央浅田舞中野友加里太田由希奈と日本フィギア界の次々にスターが誕生し、まさに群雄割拠の時代を迎えた。
スポーツは演技だけでなく選手の人生や人間性まで垣間見ることができる。だから感動するのだと思う。
夢の宴は終わりを告げ感動運んだ選手達はまた厳しい練習という現実に戻る。
オリンピックの余韻に浸れる今だけでなく、普段においてもがんばった選手には拍手を送りたい。

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余談 トーヨーライス金芽米のCMはインパクトが強すぎる。荒川静香選手のおかげで一気に金芽米はメジャーになった。