忙しすぎる人たちへ

いつまでたっても変わらないぬくもりがある。
母の愛情と友の友情。
先週、久しぶりに旧友と酒を酌み交わした。
かつて、同期であった彼らも、今はそれぞれ別の道を歩んでいる。
若い頃、ともに夢を語り、バカをやりあった奴ら。
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今、私は、それほどお酒を飲んではいけない体だが、旧友の変わらぬ言葉を聞いていると、ついつい杯を持つ手数が増える。不思議に昔の仲間といると、その時代に引き戻される。タイムスリップしたかのように、あの頃が蘇ってくる。
心地いいノスタルジーを感じられる瞬間である。
今や生活様式も人生設計も違うが、一緒にいる時間だけは、同じ空間を共有できる。
こういう友を持てたことは私は幸せだと思う。
勿論、みな、それぞれ、悩みは抱えている。
子供の病気を心配するもの、部下の扱いに悩むもの、会社を良くしようと役員と喧嘩してしまうもの、子供の部活を応援するもの、仕事が忙しくて家族との時間がとれないもの。
一概にして言えることは、みな、忙しすぎるということだ。
私は1年間仕事をなくし、気付いたことがある。
それは、生きる上では、1回立ち止まって、心の中の時計の針を止めてみることがとても大事だということ。誰しも欲があるから、何か手に入れたいために頑張る。それが手に入ると次はもっと上のものが欲しくなるからもっと頑張る。
誰しもナンバーワンになりたい。だから頂点を目指して頑張る。私もそうだった。
もっと大きなお金が、もっと大きな仕事が、もっといい家が・・・
もっと、もっと、もっと・・・・だが、その先に幸福はなかった。
「頑張る」ことが悪いと言っているのではない。
「頑張る」ことは大切だが、人生の中で「頑張らない」時間を持つことはもっと大切だと思う。
一度自分をゼロに戻せる人は、自身にとって幸せな生き方を知っている人だ。
ナンバーツーだっていいじゃない。
旧友にこんなことが言える自分は変わったと思う。
「人は寝て起きるたびに生まれ変わる」私はこの言葉が好きだ。
ちっとも前に進まなくとも、ちっとも成長しなくとも、毎朝、新しい自分なのだから仕方ない。こう思うとラクになる。ダメな自分にも納得できる。だから明日が楽しくなる。

忙しすぎる人たちへ。
もう一度自分に問い掛けてみよう。
それは本当にあなたが望んだことですか。
それはあなたのためになっていますか。
それはあなたにとって幸せなことですか。